占い師の道具

独身の頃はまだ若かったのか将来の不安もたくさんありましたし、ちょこちょこ町の片隅にある占い屋さんを見付けてはフラフラ~と近付いては占って貰っていました。

でも、一度だけ山奥にある民家のお婆さんにわざわざ占って貰いに行った事があります。それは大学入学して直ぐの事でした。第一希望の大学ではありませんでしたが、まあまあ納得のいく大学でしたし、ゼミにまあまあ仲の良い友達も出来たし、色々サークルを見て回ったり、アルバイトを始めたりと普通の大学生活をスタートさせていたのですが、本当のところではいっぱいいっぱいでした。

いわゆるカルチャーショックだったと思います。私の両親は二人とも高校までしか出ていませんし、大学生活の話しを聞いた事がありませんでした。

なのできっと高校生活の延長ぐらいに思っていたのだと思います。でも全然違いました。小、中、高まではあまり変わらない学生生活なのに、大学って180°変わると思いました。

その自由過ぎる、自由ゆえに全て自己責任的な生活がとてもプレッシャーに感じました。そこでもう気持ちがいっぱいいっぱいになり、ある日どうしても大学に向う電車に乗れなくなりました。

そのまま家に帰ろうかとも思いましたが、急に山奥の占いのお婆さんの存在を思い出し、少しでも気持ちが軽くなりたくて、その山奥に行ってみる気になったのです。

その山奥の占いのお婆さんは、私の亡くなった祖母が人から聞いてわざわざ父親の車で連れて行って貰い、占って貰ったお婆さんでした。祖母は人から

「とてもよく当たる占いのお婆さんがいる」

と聞いたようでした。その当時、祖母は胃がんに犯されていました。今なら胃がんでも初期だったりしたら結構助かる場合もありそうですが、当時はそうでもありませんでした。

年齢的にも手術も怖かったようで、どうしたらいいのかを占って貰いたかったようでした。占いの結果は手術しなくても寿命までは生きられるとの答えでしたが、現実はそれから約半年で亡くなりました。

そんな占いだと聞いていたのに、藁にもすがる気持ちだったのかもしれません。バスを乗り継ぎ、そこから延々と歩いてそのお婆さんの家に辿り着いた時は涙が溢れ出していました。

そのお婆さんに会い、自分の悩みは吐き出しましたが、よくよく思い返しても「大丈夫だよ」みたいな事しか言われなかったと思います。

あれは果たして占いと言えるのでしょうか?でも、山を下りた時には気持ちはすーっと軽くはなっていましたが。